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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)10103号 判決

原告 株式会社 三恵ニット

右代表者代表取締役 木川嘉一

右訴訟代理人弁護士 内野経一郎

同 仁平志奈子

被告 株式会社ラ・セイントプール

右代表者代表取締役 倉田武

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 糸賀了

同 小澤英明

主文

一  被告らは、原告に対し連帯して二三九万四〇一〇円及びこれに対する昭和五六年九月一一日から支払ずみまで日歩二〇銭の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、メリヤスの製造販売を業とする会社であるところ、被告株式会社ラ・セイントプール(以下「被告会社」という。)との間に昭和五五年一〇月二七日次のとおりの内容の継続的商品売買契約を締結した。

(一) 原告は継続して被告会社に対しニット製品を売り渡し、被告会社はこれを買い受ける。

(二) 被告会社の原告に対するニット製品の代金の支払は、毎月納品期日が二〇日までの分について、それぞれ株式会社花菱振出し、被告会社裏書の約束手形(満期日を右支払日より六〇日から九〇日後とするもの。)を交付して行う。

(三) 被告会社が原告に対する代金債務(手形債務を含む。)の履行を遅滞した場合は、被告会社は、原告に対し日歩二〇銭の割合による遅延損害金を支払う。

2  被告倉田武(以下「被告倉田」という。)、同杵渕和雄(以下「被告杵渕」という。)は、原告に対し右契約上の被告会社の前記代金債務について連帯保証をする旨約した。

3  原告は、右契約に基づき、被告会社に対し昭和五五年一〇月二七日から昭和五六年一月二二日までの間に継続して別紙別表(一)記載のとおりの製品を売り渡した。

4  原告は、被告会社に対し昭和五五年八月五日から右契約時までに別紙別表(二)記載のとおりの製品を売り渡したが、これについても右1(一)から(三)まで記載の契約を適用する旨の合意が成立し、被告倉田、同杵渕もこれにつき連帯保証をする旨約した。

5  よって、原告は、被告らに対し右売買契約の残代金二三九万四〇一〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年九月一一日から支払ずみまで日歩二〇銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

被告会社は、原告に対し次のとおり三三七万八二〇〇円の損害賠償請求権を有しているので、被告会社は、昭和五七年一月二七日の本件口頭弁論期日において、これを自働債権として原告の本訴債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

1  被告会社は、原告に対し前記継続的商品売買契約に基づき、別紙別表(三)記載のとおりの各商品を同表記載のとおりの単価及び数量をもって発注し、原告はこれを受諾し、原告の納期(履行期)を一部の商品につき昭和五五年三月一日と、残部の商品につき同月二〇日とする旨約した。

2  被告会社は、原告に発注した右製品をすべて別紙別表(三)記載のとおり株式会社ライオン堂(本店は福島県会津若松市。以下「ライオン堂」という。)及び株式会社海渡(本店は東京都中央区日本橋。以下「海渡」という。)に転売する予定であり、これらの会社と売買(転売)契約を締結していたところ、その履行期が到来するも原告が被告会社に右商品を納品しないため、結局転売することができず、別紙別表(三)記載のとおり転売利益三三七万八二〇〇円を失うに至った。

3  原告は、被告会社から本件売買の申込みを受けた際、原告が納入する製品を被告会社がライオン堂及び海渡に転売する予定であったことを知っていた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁冒頭柱書部分中、被告会社が損害賠償請求権を有するとの主張は争う。

2  同1の事実中、被告主張の発注が原告に対してされたことは認めるが、これに対して原告が承諾したことは否認する。被告会社の発注については、代金支払条件が未定であった上、原告に対する多額の売掛代金債権が残っていたので、原告は、それに対して承諾を与えなかったものである。また、被告ら主張の納品期に原告が納品することは、被告ら主張の発注の時期からみて不可能であり、このことからも、原告が右発注に対して承諾することはあり得ない。

3  同2の事実は否認する。被告主張の転売利益の利益率は、多いもので六〇パーセント、少いものでも三一パーセントに達するが、このような転売利益が発生する筈がない。

五  再抗弁

仮に抗弁事実が認められるとしても、被告会社は、被告が抗弁において主張する原告への発注の際には、原告に対する多額の売掛代金債権を滞納させていた上、原告への支払手形を書き換える(ジャンプする)などして原告に不信の念をいだかせた。

そもそも、原告は、被告会社の前身である株式会社ニューラプールと昭和五三年五月ごろから取引を開始したが、昭和五四年ごろからは、業界で名前の知れない会社の振出手形が支払に回るようになり、その内三七〇万円ないし三八〇万円の手形が不渡りとなり右会社に買い戻させたことがあった。

その後、原告は、被告会社と取引を行うようになったが、期日通りの弁済がなく、常時売掛金が一二〇〇万円から一三〇〇万円ほど滞納していた。原告は、再三にわたり、被告杵渕に対して被告会社の経営を建て直すよう催告したところ、被告杵渕は、自分の父の不動産を担保に提供するとか、株式会社ロッシェルと合併して債務を引き受けてもらうとか、又は業界で知名度の高い坂上株式会社に吸収合併するとかの話を持ち出したが、いずれも実現しなかった。そのような状況なので、昭和五五年七月以降は新規注文は受けていないのであるが、同年一〇月には新たに被告倉田が代表者になったということで、請求原因一1記載の契約を締結したのである。しかし、被告会社の経営の建直しは進まず、同年一二月には、約定に反し被告会社振出しの手形で支払われるようになった。そこで、原告は、これ以上取引を継続することはできないと判断し、ライオン堂用商品等の発注の際などに、その旨通告した。

このように、被告らは、実現もしない吸収合併の話で原告を欺罔して商品を納めさせてきたのであり、この欺瞞に気づいた原告が被告会社の経営を建て直さなければ納品できないとの態度をとったのは、当然のことであり、被告の抗弁は理由がない。

六  再抗弁に対する認否

全部争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二1  そこで、抗弁について検討するに、まず、別表(三)記載のとおりの商品につきその記載の時期に被告会社から原告に対して製造販売の発注があったことは当事者間に争いがない。

それに対して、原告が承諾していたか否かにつき検討するに、《証拠省略》を総合すると、被告会社と原告間の昭和五五年以前の取引(継続的売買契約)においては、被告会社からの商品製造販売の発注書が原告に送付されると、原告はその発注書記載の商品の製造を全部直ちに行うか否かは別として、全部の受注を承諾するのが通例であり、それが慣行化していたこと、別表(三)記載の商品の内、まず、ライオン堂用商品の発注については、その被告会社の支払が被告会社振出しの手形で他に裏書のないもの(いわゆる単名手形)で行いたいとの申入れがあったので原告は不安を感じており、時折被告会社にその財務内容を公表すべく要求していたが、右発注に対しては明らかな拒絶の意思表示をすることなく昭和五六年一月一七日付けの発注書を受領していること、その発注書記載の納期は当初同年三月一日とされていたが、その後三月一〇日ないし同月三〇日と変更されたこと、次に、別表(三)記載の商品の内海渡用商品については、海渡自体が業界での信用が高い会社であり、その代金の支払は、約二週間後の現金払という条件であったため、原告としては代金回収にはさほど不案を感じていなかったこと、昭和五六年一月二〇日付け又は同年二月七日付けで発注書の送付を受けた原告は、発注数量の約三五パーセントに相当する数量の生産を開始し、同年五月中旬以降にその生産を完了していること、また、ライオン堂及び海渡用の各商品の発注の前には原告及び被告会社の担当者の間において見本の打ち合わせが行われていたことが認められ(る。)《証拠判断省略》

右の事実によれば、まず、ライオン堂用商品については、原告は被告会社の代金支払の履践について十分なる信用をおいていなかったけれども、特に被告会社からの発注に対する受諾を拒否する旨の意思表示をしていたものとは認められないというべきである。そして、前述の当事者間の発注及び受諾の意思表示の通例のあり方に照らせば、右ライオン堂用商品について原告はその生産の受注を黙示的に承諾していたものと認めるのが相当である。次に、海渡用商品については、原告がその生産受注を承諾していたことは明らかというべきである。

従って、別表(三)記載の各商品について、原告及び被告会社との間において被告会社を発注者とする製造販売契約が成立したものと認めることができる。

2  次に、右製造販売契約上の原告の債務不履行の成否につき検討する。

(一)(1)  まず、前述ライオン堂用商品についてみるに、前掲各証拠によれば、原告は、昭和五六年一月一七日付けの発注書を受領した後も商品の製造に着手せず、当初同年三月一日とされていた納期が合意の上三月三〇日まで延期された後において、被告杵渕が納品を要求したのに対して、原告は繊維の染色の失敗又は繊維の不足等を納品遅延の理由に挙げていたが、最終的には何ら商品製造に着手していなかったことを言外に認めるに至ったことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 右の事実によれば、原告が契約上の債務の履行をしていなかったことは明らかであるが、この点につき、原告は、本件については損害賠償の責任がない旨主張する(再抗弁)ので検討するに、《証拠省略》を総合すると、被告杵渕は、昭和五三年ごろから原告との取引を担当してきたところ、被告会社は、昭和五五年の前半ころから財務内容を悪化させ、債務を免れるための別会社の活用、代表者の表示を何ら経営に関与していない名義上の者とした手形の振出し、手形の書換など信用不安を惹起する事由を生じさせたこと、また、被告杵渕は原告に対して被告会社について合併の話を二、三件紹介して被告会社の信用が回復する旨告げたが、いずれも実現していないこと、前記ライオン堂用商品の発注に関する交渉があった時期には、原告は被告会社に対して約一七〇〇万円余の売掛代金債権を有していたこと、ライオン堂用商品の発注に際しては、被告会社はその代金支払には自社振出しの手形をもって充てようとしたのに対し、原告は難色を示し、また、被告会社の支払能力について不安を感じた原告は、再三にわたり被告会社の財務内容の開示(財務諸表の提出)を要求したが、被告杵渕らはこれに応じなかったことが認められ(る。)《証拠判断省略》

(3) 右の事実によれば、すでにライオン堂用商品の発注のあった昭和五六年一月ごろには、被告会社につき相当な信用不安を感取させる事由が存在していたものと認められる。ところで、継続的売買契約の成立後、買主の代金支払能力が著しく低下し、売主においてその契約に従って目的物を供給していては、その代金回収を実現できない事由があり、かつ、後履行の買主の代金支払を確保するため、売主が担保の提供を求めるなど売主側の不安を払拭するための処置をとるべきことを求めたにもかかわらず、それが買主により拒否されている場合には、右代金回収の不安が解消すべき事由のない限り、先履行たる目的物の供給について約定の履行期を徒過したとしても、右売主の履行遅滞には違法性はないものと解するのが公平の原則に照らし相当である。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり、被告会社から原告に対してライオン堂用商品の製造の発注を受けた際、被告会社は約一七〇〇万円の売掛代金債務を負担しており、昭和五四年ごろからの原告と被告杵渕との間の取引の状況からみて、原告は被告会社の代金支払能力に非常なる不安を感じており、原告は、被告杵渕に対して被告会社の財務内容の開示(財務諸表の提出)を再三要求したが、右要求は被告会社の容れるところとはならず、右ライオン堂用商品の代金支払方法についても、被告らは原告が難色を示していた被告会社振出しの手形による決済を求めるなど、原告にとって代金回収の不安が解消すべき事由が存しなかったというべきである。してみると、前述したところに照らして、原告は、ライオン堂用商品の被告会社への納品の遅滞につき、債務不履行の責任を負わないものと解するのが相当である。したがって、ライオン堂用商品については、原告の再抗弁は理由があり、被告らの抗弁は採用できない。

(二)(1)  次に、海渡用商品についてみるに、《証拠省略》を総合すると、原告は、被告会社から発注を受けた海渡用商品の製造については分納方式をとることとし、そのことを被告会社に告げた上、全受注量の約三五パーセントに相当する数量の製造に着手したが、原材料の都合上、商品の完成及び納品は遅れ、昭和五六年五月中旬以降に右数量の商品が完成したこと、従来原告及び被告会社間のこの種の取引において原告からの納品が遅れることはあったが、最終的に納品が行われた場合には、その遅滞は当事者間で問題とされることがなかったこと、右商品の完成後、原告代表者は被告会社に対してその旨を告げたが、被告会社側からは何らの応答もなかったこと、当時被告会社の資金繰りは相当に苦しく、原告代表者は被告会社が近い将来不渡り事故を惹起するものと予想しており、原告は、被告会社に商品の完成を告知した後一週間を経過したころに右商品を他に売却したこと、被告会社はその直後に手形の不渡り事故をおこしたことを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

(2) 右の事実によれば、原告は、被告会社の発注数量の約三五パーセントに相当する数量を遅滞しながらも最終的に完成し、被告会社に対し契約上の履行の提供をしたものと認めることができる。また、原告及び被告会社間には、原告の納品の遅滞は最終的に納品される限りその責任を免除する黙示の合意が成立していたものと認められるから、結局、原告は、右数量の納品については、約旨に従った納品の提供をしたものとして債務不履行の責任を負わないものというべきである。

(3) そこで、海渡用商品についての契約のその余の部分の履行についてみるに、前記認定事実によれば、原告は、受注商品中その余の商品については全く製造していないものと推認することができるが、同時に、前記事実によれば、昭和五六年五月、六月ころにおいては、被告会社はいわば倒産前夜ともいうべき状況にあり、その時期以降において原告から完成商品の納品を受けても、その代金を決済することができる見込みはほとんどなかったものと推認することができる。このような事情に、前記認定事実を総合すれば、被告会社においては、当時右約三五パーセントに相当する完成商品の受領ができないほど財務内容が悪化しており、原告はそのような被告会社の状況を見て契約のその余の部分の履行を見合わせたものと推認することができる。してみると、公平の原則に照らし、原告がそのような状況の下で契約のその余の部分の履行を見合わせたことをもって違法ということはできず、この点につき原告に債務不履行があるものということはできないと解する。したがって、この限りでこの点についての原告の再抗弁は理由がある。

(4) 右によれば、結局、海渡用商品についても、原告に債務不履行の責任は生じないものというべきである。

3  以上述べたところによって明らかなように、ライオン堂商品及び海渡用商品のいずれについても、原告に債務不履行責任はないことになるので、被告らの相殺の抗弁は全部理由がない。

三  以上によれば、原告の請求は全部理由があるので認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 慶田康男)

〈以下省略〉

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